閑話6

   自分の秘密を知られるということは怖いことだと思う。それが普通じゃないことだったらなおさら。
 でも、そのことによって恐怖しているのは秘密を知られている人だけじゃないということを私ははじめて知った。
 小学校の校舎の屋上。私はそこで友達を待っていた。彼女の名前は月村すずか。私の大好きな守りたい人の一人だ。性格は大人しく、たまに言い争いする私となのはのバランスをとってくれるのが彼女だった。
 フェイトがわたし達のクラスに転校してきてしばらく経った日のこと。私は亮也の言っていた夜の一族について知りたくて、すずかを呼び出した。
 放課後の校舎はすごく寂しい。人があまり来ない屋上となればなお更だ。その寂しさが私の心の中の不安を掻き立てる。
 果たして……
 果たしてすずかは私にどんな態度を示すんだろうか?
 誰にも知られたくない秘密。それを知ってしまった人間に対して、すずかはどんなことを言うのだろうか?
 拒絶されたらどうしよう。
 そんなことないと口先では強がってみても、嫌な妄想は消えない。
 秘密を知ることが、秘密を知ろうとすることがこんなにもこわいということだと私ははじめて知った。
 キィー
 甲高い音がした。屋上のドアが開く音だ。
 海の近い海鳴りの街では潮風が吹く。いくらメンテナンスが頻繁にされていたとしても、絶えず吹き付ける潮風は鉄を腐食させる。
 先ほどのドアが響かせる甲高い音はそれが原因だった。
 私はその音につられるようにゆっくりと振り返った。
 校内に続くドアのすぐそば、茜色に染まった屋上のタイルを踏みしめて経っているのは見知った少女の姿。
「アリサちゃん」
 私のことを目で捉えた彼女は私の名前を呼びながら歩み寄ってくる。
 その顔に浮かんでいるのは笑顔。私の大好きな月の様に優しげなその顔を見ながら私は自分の心臓の鼓動が上昇するのを感じていた。
「あ、あの、すずか……」
 口の中が酷く乾く。何度も頭の中で反芻した言葉が上手く出てこない。
 これじゃあダメだと自分を叱咤するものの、緊張はまったく取れそうになかった。
「どうしたのアリサちゃん?
 なんだか変だよ」
 訝しげな表情をするすずか。彼女にそんな表情をさせるほどに自分はおかしいのだと自覚する。
「聞いてほしいことが、あるの」
 精一杯自分を落ち着かせながら、そう口にする。その姿は傍から見たらさながら告白する直前に見えたかもしれない。
 けど、それは間違いじゃない。恋愛云々の話ではないというだけで、これは正に告白なのだ。
「実は私、すずかに秘密にしていたことがあるの。
 私と亮也のことだけど、本当は従兄弟じゃないの」
 話に入る前提として自分の状況、魔法のことについて伝えようと思いそう切り出す。
「亮也との出会いは突然だった。一年くらい前、亮也は私の前に突然現れた。
 不思議な人だった。普通じゃないのに普通の人。彼は私に新しいモノを見せてくれた。
 亮也は私の従兄弟じゃない。亮也は私の……」
 そこで私はいったん言葉を区切り、すずかの目を見つめた。亮也と私の関係が普通ではないことに気が付いたのか、すずかはそれに一瞬戸惑ったように目をしばたたかせた後、確かめるように口にした。
「まさか、亮也さんが実はアリサちゃんの恋人だったとか」
「そう、亮也は私の恋人って違う!」
 思わず突っ込みをいれる。誰が誰の恋人なのよ!
 そんな訳ないでしょ。だから、どうしてそんな風に「え? 違うの」なんて顔してるのよ!
 なんだか一気に力が抜けた。さっきまでの私の緊張を返せと思う。
「はあ、まあいいわ。もう一度言い直すから。
 亮也はね、私の師匠なの」
「師匠?」
「ええ、何の師匠かというと」
 私はそこで制服のポケットから一枚の術符を取り出した。大地からマナを取り出して、すばやくそれに通すと天に向かって放つ。
『ショック』
 天を刺しゆくのは白い雷撃。目標物を設定していないソレはすぐに霧散する。
「魔法のね。師匠なんだ」
 その光景を呆然としてすずかは見つめていた。だがそれも少しのこと。すぐにその顔を輝かせる。
「アリサちゃんすごい」
「これでも、結構練習したからね。
 ねえ、すずかはこんな私が怖いと思う?」
「どうして? 魔法使いだったとしても、アリサちゃんはアリサちゃんだから」
 すずかならこう言ってくれると思っていた。すずかに魔導士であることを伝えるのは不安がなかったといえば嘘になるが、それでもどこか安心はしていた。とあるアニメではすずかはちゃんとなのはやフェイト、そしてはやてのことをちゃんと受け止めていたのだから。
「ありがとう。すずか。
 そうよね。何の力を持っていたとしても私は私。
 そして、すずかはすずかだもの」
 そう、だから不安があるのはこれから言うこと。
「私はすずかが普通じゃなくてもすずかを受け入れる。
 私はすずかの友達だから。
 ねえ、すずか。夜の一族って何?」

「すずかはすずかだもの」
 その時、なぜアリサちゃんがそんな風に言ったのかは分からなかった。
 こちらの表情を窺うようにアリサちゃんは口を開く。
「私はすずかが普通じゃなくてもすずかを受け入れる。
 私はすずかの友達だから。
 ねえ、すずか。夜の一族って何?」
 その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍りついた。
「どう……して?」
 崩れそうな体を支えながら、それだけを呟く。
 アリサちゃんは今どんな目で私を見ているのかが気になっていたが、怖くて見ることが出来なかった。
 私には、いや私たちにはある秘密がある。それが私たちが人間ではないということ。それは決して知られちゃいけないことだって幼い頃から言い聞かされていた。それを知られれば私たちは排斥されるから絶対に知られちゃいけないって。
 足に力が入らない。だめ、立っていられない。このまま意識を失ってしまえたら、どれだけ楽だろうか。
 けど、冷静な頭は崩れ落ちる視界をしっかりと捉えていて……
 白いものへと染まった。
 その白いものが何かは初めは分からなかった。でも、体を支えてくれる腕が、背中を優しげに叩く手が、落ち着かせるように話すその声が、その白いものが何かを教えてくれる。
「すずか、私は最初に言ったよね。
 すずかが普通じゃなくてもすずかを受け入れるって」
 柔らかいのに力強い声だった。目の前の白からはトクントクンと命の脈動が伝わってくる。
 そこになって初めて私はアリサちゃんに抱き支えられていることに気が付いた。目の前の白はアリサちゃんの制服。顔を上げれば、そこにはいつもどおりのアリサちゃんの顔が、ううん、いつもよりやさしそうなアリサちゃんの顔があった。
「ねえ、アリサちゃんは本当に私を受け入れてくれる」
「もちろん」
 はっきりと聞こえる声。それに力が湧いてくる。
 私はアリサちゃんの体を抱きしめた。抱きしめながらその言葉を口にする。
「私は、人間じゃないの。
 吸血鬼っていう化け物なんだ」
「すずかは化け物じゃないわよ。
 私の友達」
 アリサちゃんが優しくそれを訂正する。
 涙が出てきた。きっとこれが嬉し涙なのだろう。言葉では知っていても、流すことは初めてだった。

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