第二話 変化、されどまだ日常は続く
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バスッ
「ふごっ」
いきなり頭に走った衝撃に俺は思わず跳ね起きた。
耳をすませば、いやすまさずとも笑い声が周りから聞こえる。
クラクラする視界で何が起こったかと顔をあげるとそこには英語教師、土井孝之の姿があった。
彼は丸めた教科書を手のひらの上でパンパンと二回叩くと「いい身分だな」とさわやかなだが怖い笑顔で言った。
どうやら授業中に眠ってしまったようだ。俺は痛む頭をさすりながら「すみません」と謝った。
「お前な、開始五分で寝る奴がどこにいる。
そんなに俺の授業がつまらんか。少し自身を無くすぞ」
土井先生はそう言うとため息をつく。
「いや、先生の授業は楽しいですよ。
ただ、さっきが体育で水泳だったからつかれて…」
「そして、気持ち良く眠ったと。
お前な、他にも寝たい奴がいるんだから我慢しろ。
眠気覚ましに黒板の一番上の例文でも訳してろ。
辞書はつかってもかまわんぞ」
先生はそう言うと教卓にあったパイプ椅子を引き出し、黒板が見えるように位置を変えるとそのまま座りこんだ。
ああ、英語苦手なのに…
俺は頭を抱えたい衝動を抑えながらも黒板へと向かった。
今から黒板に書かれた例文を訳すのに何回辞書を引かないといけないかと考えると鬱である。
並んだ例文は三題。とりあえずチョークをとると俺は一番上の例文を眺めた。
「えっ? 」
そんな声をあげたのは他の誰であろう俺だった。
俺自身ですら聞こえるか分からないほどの小さな呟きだったため誰も気がついていない。
俺は目をこすると混乱した頭で黒板の英文を眺めた。
おかしい。
何がおかしいかと言うと、英文が分かるのだ。
いや、別に俺は英語が苦手だからといってそこまで英文が訳せないほどの馬鹿ではないので、英文が分かったとしても別におかしいことではないのだが、これは明らかにおかしいのだ。
だって、英語が英語のまま理解できるのだから。
俺は英文を理解する時、英語を日本語に訳してからその意味を理解しているのだが、今の俺は英語を母国語にしている者達と同じように英文を読んで、まるで日本語を読むように理解できるのだ。
「どうした?
分からんのなら、分からんなりに訳してみろ」
「いえ、大丈夫です」
硬直した俺を見ていぶかしげに問いかける土井に答えると俺は一つ目の文章の下に訳文を書き連ねていく。
英語として理解した文章のイメージを思い浮かべ日本語で書くのでどこかおかしい所もあるだろうが俺はそのまま書き終えた。「ほう、予習でもしたのか? 」
「…ええ、まあ…」
少し以外そうに聞く先生にむかい俺は曖昧に答えるとそのまま席についた。