第三話 変化、されどまだ日常は続く

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 キーン コーン カーン コーン
 授業の終了のチャイムとともにクラスのあちこちから声があがる。
 短当の先生はそんな生徒をたしなめようともせず、
「授業をこれで終了します」
とだけ言うとそのまま教室から出ていった。
 俺は毛伸びをすると、机にかかってあるかばんを机の上にのせ、机の中に入ってある教科書をまとめ始めた。
 担任が来るまで五分はあるか。
 俺は時計を横目でちらりと確認すると荷物をまとめ終え机へとつっぷした。
 このまま担任が来るまで少し目でも瞑っていよう。今日はすごく疲れた。肉体的にではない、精神的にだ。
 自分に起きた変化。ラッキーだと思っとけばいいんだなんて自分に言い聞かせてはいるものの、心の奥底ではちっとも納得なんて出来るはずもなく、非常に気持ち悪くてし方がない。
 そんなアンニュイな気持ちを抱えながら横になっていると、ふと誰かが俺の肩を叩いた。
「んっ? 」
 けだるそうな声を出して、もっとも本当にけだるいんだが、俺は顔をあげる。
 顔を向けた先には澄香がいた。
「なんか、疲れてるね」
「ああ、なんか疲れてるよ
 もっとも奴よりはマシだが」
 俺がそういって顔を向けた視線の先にいるのは先程の俺のように付けに伏した薫の姿があった。もっとも彼の覆っているオーラの悲壮感は俺の者とは比べ様もなかったが。
「そういえば、薫君昼休みから元気が無いよね。
 制服もなんかぼろぼろだし。なんて言うかまるでジャングルで虎と戦ったみたいに。
 どうかしたの」
「しいて言うならあれも一つの愛の形だ」
「えっ? 」
「愛の形だ。
 これ以上は俺の口からはいえん」
「う、うん」
 俺の有無もいわさぬ強い口調に澄香はおずおずと引き下がった。
 しかし、澄香。世の中には知らなくていいこともあるんだよ。
 あえて言うなら、ベアクロー。バックドロップ。投げっぱなしジャーマンとか。
「まあ、そんなことよりなんか用か? 」
 そんな思い出してしまった恐怖体験から意識を逸らすために俺は微妙にわざとらしく話を変えた。
「あ、うん。
 今日ってこの後ちょっと暇かな? 」
「んっ?
 今日は別に何も予定なんて入ってないが」
「だったら、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」
 はて、なんだろう。まあ、大抵澄香が俺に頼むことといえば力仕事関係が主なのだが。
「いいけど、何だ? 」
「うん、ちょっと画材がきれちゃって」
 どうやら今回も例外せず力仕事らしい。
 そう言えば、前回が三月の終わりくらいだったからそろそろだったな。
 実はこういう事は大抵三ヶ月に一度くらいのペースである。
 澄香は絵を描くのが趣味なのだったりする。もしこの学校に美術部があるなら入っていたであろうというのは彼女の弁だ。俺も何度か見たことがあるが、素人目に見てかなりうまいと思った。
 そんな彼女は画材を買う時一度に大量に買い溜めするのだが、画用紙というのは見た目以上に重く一人では持ちきれずたいてい俺に頼むのだ。
「しょうがないな」
「うん、いつもごめんね」
「いいよ、そんなたいした仕事じゃないし」
「うん、ありがと」
 俺の言葉に彼女はうれしそうにそう言うと笑った。その笑顔に朝と同じくドキッとしたのは秘密だ。
 とそこで時間に少々遅れながら担任が登場する。澄香は「また後でね」言い残すと自分の席へと去っていった。


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