第三話 変化、されどまだ日常は続く
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女の買いものは長いというが、その女の人から見て澄香の場合は早いのだろうか遅いのだろうか。
例えば一つの絵の具を見て何十分も悩んでいるのはどうだろう。
先程から澄香は一つのチューブ『水性絵の具 金 税込み二〇〇円』を前にしてひたすらに睨めっこをしている。
ああ、また店の時計が一分進んだ。
これで、この店―商店街の文房具屋―に入ってから四十八分目を記録したわけだ。
「どうするんだ。
買うのか? 買わないのか?
いいかげん手がしびれてきたのだが」
そう言う俺の両手には画用紙五十枚、推定数キログラム。重心が安定しないのでプラスαが乗かっている。
「ああ、ごめん、ごめん。
でも、正くんはどう思う?
欲しいんだけど、金の絵の具なんて絶対使わないし」
「迷うなら今買えとか言う某店長もいるんだし買えばいいんじゃないか」
「うーん。
でも、二百円もするし」
このままでは埒があかない。
はぁ、しょうがないな。
「だったらそれ買ってやるから」
「え、いいの? 」
俺がそう言った瞬間、澄香の目が輝かんばかりに光った。その様子に俺は一瞬気圧される。
「あ、ああ、いいぞ」
「ありがと〜」
思わず言葉がどもってしまうが、澄香はうれしそうだ。
はぁ、結局こんなチューブを一本買うのに二十八分もかかってしまった訳だが、澄香のこのうれしそうな顔を見ると何だがその時間も無駄じゃなかったような気がした。