第四話 日々は終わりゆく

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 その日街は賑わっていた。遠征中の戦士達が帰ってきたのだ。
 街の入り口から城門にかけては歓喜に震えた住人達がひしめき合っており、その間を見事な甲冑に身を包んだ騎士達が声援に答えながら歩き、子供達はその騎士達を憧れの目で見上げていた。
 背の高い建物から降り注がれるのは色とりどりの花吹雪。年若い女性達がつんできたのか、みごとに舞う花びら達は、それでも恥じらいを持つかのようにつつましく騎士達を際だ出せるための引き立て役に徹している。
 騎士達の列は流れていき、続いて現れるのは年若き騎士達。男もその中の一人であった。
 他の騎士達に比べれば確かにそのいでたちは粗末なものであったが、彼のその顔には誰にも負けないくらいの誇りに満ちていた。
 おそらくは名誉高き近衛の騎士達よりもかがやいていたであろう。
 それもそうだろう。男は今回、華やかな初陣を飾ったのだから。幼い頃に母から読み聞かされた騎士物語りに憧れ目指した騎士の道。その過程は決して楽なものでは無かったが、男は念願の騎士となりとうとう国のためにその力を振るうに至ったのだ。
 もちろんその行為は物語のように美しいものではなかった。所詮は人殺しである。
 だが、それでもかまわないと彼は思った。自分が人を殺すという行為は、しかしながらこうして人々の笑顔の糧となっているのだから。この時の彼にはこの道を歩むことに何一つ迷いなど無かった。
 場面は一転する。
 まるで、熟れ過ぎたトマトを思いきり叩きつけたような真っ赤な大地と夜のように黒く染まった雲の間に彼は立っていた。
 辺りに漂うのは、吐き気を催す程の生臭い死臭。鼻を突き刺し、吸い込めば肺をも腐らせかねない程の強烈なそれは、しかしながら今の彼には何も感じさせなかった。
 あまりにも長い時間そこにいるために鼻が麻痺してしまっているのだ。
 彼の騎乗している馬の足元には、人間だったものがまるでジグソ−パズルをぶちまけたかのように折り重なり散乱している。あるものは頭部を割られ、花火の様に脳味噌をぶちまけ、あるものは食べかけのドーナツのように腹に大穴を開けていた。
 彼の目の前には各々武装した男達の姿。灰をかぶったかのように真っ白な頭をした老人もいれば、未だ成人に達していないであろう少年もいる。彼らに共通するのはその目に映る純粋なる意思。ただ生きるということ。
 彼らは人から奪うことを生業とする山賊でものなければ、いけ好かない隣国の兵士達でもない。
 紛れも無く彼の守るべきはずのこの国の国民であった。
 ある年飢饉がおきた。
 翌年のために作物の種を残すことを考えることすら笑ってしまうほどの大飢饉。
 餓死者はすぐに膨れ上がり、その数を数えることなど到底不可能なほどであった。
 理性に縛られた人間も生死がかかわればその束縛からいともたやすく解き放たれる。暴動が起きるのにはそう時間はかからなかった。一つの村が別の村を食らうために桑を持ち上げ、集まった民衆が領主を襲えば甲冑をまとった兵士達が容赦無くそれを駆逐した。
 そこはまさに地獄。その中を男もまた走り回る。
 剣を向ける先にいるのはただ必死に生を求める群集。
 なぜだ。
 彼は自問する。
 男は騎士になりたかった。しかし、それはこんなことをするためでは無かったはずだ。
 男だって子供ではない。世の中は綺麗ごとだけではすまないことも知っていたし。万人が幸せになれないことも分かっていた。
 だがしかし、それが分かっていたからこそ騎士になったのではないのかと。
 幸福には限りがある。ならばその幸福を己が守る者のために奪い、与えるために騎士になったのではないのかと。
 しかし、今自分は何をしている。
 幸福の椅子を与えるどころかその命を摘み取っている。
 自分は断じてこんなことのために騎士になったわけではない。
 なぜだ。神よ答えてくれ。
 しかし、言葉が返ってくることはあるはずも無く。俺はこの時初めて神を恨んだ。


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