第四話 日々は終わりゆく

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 ピピピッ ピピピッ
 カチッ
 いつものように低時刻に音を立てる目覚まし時計を憂鬱な気持ちのまま止める。
 結局あれから俺は一睡も出来ないまま今に至る訳であるが、夢見が悪くて眠れないなんて、そんなナイーブな精神を自分が持っていたなんてことを考えると、あまりにも似つかわしくないことに我ながら笑ってしまった。
「小学性でもあるまいし…」
 そう呟く自分はどのような印象を人に与えるのだろうか。他人の目にどのように映るかは分からないが不景気に見えることは間違いないだろう。
「馬鹿らしい」
 ネガティブな思考を切り捨てるように吐き出すと、俺はベッドから立ちあがった。
 しょせん夢は夢だ。自分に言い聞かすと、俺は制服に着替え、そのままキッチンへと向かった。
 いつもの様に流し台の前に立つも、しかしながらやる気がわかない。とりあえず蛇口をひねってみるもそこで行動は止まってしまった。流れる水を見つめること数分、結局は水を浪費しただけでそのまま蛇口を止める。
「しょうがない、コンビニで何か買うか… 」
 誰にいうわけでもなくそう呟くと荷物を持ち家を出る。いつもよりも早い時間に家を出たこともあり、歩み行く通学路には人気というものがまるでない。まるで放置された街のようにも見えるその情景になぜか俺は置いて行かれたような気がした。
 そして歩くこと数分、ようやく目的地である平たい建物が見えてくる。二十四時間開きつづけているその店は朝のこの時間帯からでも、駐車場には数台の自動車が止まっているのが見て取れた。
 輸送用の大型トラックの横を通ると店内に入る。店内に待機している店員は店に入ってきた俺に対し無愛想に「いらっしゃいませ」というとそのまま何もないカウンターをじっと見つめていた。
 何時からここで働いていたのだろう。傍目から見る彼は酷く疲れ眠そうに見える。まあ、そんなことは俺には関係のないことだ。未だに一点を見つめたままの店員の前を通りすぎると、俺はパンのコーナーへと立ち寄った。
 さまざまな商品の並ぶ棚をとりあえずは見渡すものの、しかし興味を引かれるものは何もない。食欲がないわけではない。数時間前から活動をしている体は原始的な訴えを胃を中心に起こしている。だが、大手菓子パンメーカーが大量生産したそれらはどれもあまりおいしそうに見えないのは確かだった。そういう意味で空腹が最高のスパイスだという言葉はある意味嘘ではないかと思う。
 特にそそられるものもなく、俺は視線を移した。壁際に置いてある陳列棚にだ。
 ドリンクを中心としてそこには弁当の類が並べられていた。しかし、商品の数は果てしなく少なく、本来大量に弁当が置かれているだろうそこには何もない空間だけが存在していた。深夜に弁当を買いに来るものが少ないからであろう。もっとも、並べられたとしても朝からコンビに弁当を食べたいとも思わないのだが。
 そして、視線を漂わせること数分。俺はゼリー状の栄用補給ドリンクを手にとるとカウンターに並んだ。
 物品を差し出し、レジの画面に出てきた金を払うと、店員は商品を袋の中につめていき、そして、それを俺は受け取る。最後に「ありがとうございました」という相変わらず元気のない声に見送られながら俺は店を出た。
 さっき買ったばかりのドリンクの封を切るとそのまま飲み口をくわえ、それをすすりながら学校への道を歩きだす。
 七時を過ぎたためであろう。さっきまで誰もいなかった通りにはちらほらと朝練へと向かう学性の姿が見え始めてきた。
 寝ぼけた顔をしながらも、彼らはなぜ朝錬に行くのだろうか。それは他人のためか、自分のためか。義務なのか自発なのか。いや、それともそんなことを考えずに彼らはただそれを行っているのかもしれない。
 そんな朝の普通の情景にすら、苛立ちがふつふつとわき上がる。いや、本当に俺が苛立っているのは自分へだろう。何かをしなければいけないのにそれを思いだせないのだから。
「おはよう! 」
「ふごっ」
 そして、俺は次の瞬間脈絡もなく地面にキスをした。
 高頭部と顔面に走る痛み。
 これと同じコトを昨日も経験したような気がする。
 決してデジャブでないことだけは確かだろう。
「気様は、少しはモノを考えて動け」
 俺はうつぶせのまま顔だけ振りかえると後方に向け怒声を浴びせた。
 そこに居るのはなじみ顔、薫だ。
「貴様は、いいかげん力加減を知らんのか」
 そして、俺は昨日も言ったような気がする台詞を口にすると立ちあがった。
「い、いやぁ、悪い
 お前がこんな時間にいることがめずらしくてな…」
「お前は、めずらしいものを見ると知り合いをどつく習慣があるのか!」
「ごくたまに」
「あるのかよ!」
 思わず突っ込んでしまう。
 しかし、その突っ込みに満足いったのか、薫は笑みを浮かべる。
「そう、その反応だ。
 朝は、もっと景気のいい顔をしなくちゃな」
 こいつは、調子のおかしい俺を気遣ってくれたのだろうか。
「…次からはちゃんと手加減してくれ」
 少し照れていたのかもしれない。俺はぶっきらぼうにそう答えると、学校へ足をむけた。

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