第5話 覚醒、日々の終わり

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「最近、夢見が悪い」と俺は誰に言うでもなく呟いた。
ここ数日、夜に目が覚めることがしばしば。当然熟睡などできているはずはない。
そのせいで授業にも集中できず、居眠りをすればまた夢をみるという悪循環に陥っていた。
顔色もそうとう悪いようだ。
ようだと仮定形なのは、自分では、自分の顔を見てないからである。
四時間目の初めに薫に指摘されてはじめて気付いた。とりあえずは保健室に直行し、保健医の先生に言われるままベッドの上で横になったのだが、当然のごとくまた夢をみるわけだ。
その夢に何の意味があるのか分からないが、笑えないのは夢の内容を起きてからも、覚えている割合がだんだん増えていっているということだ。
夢を覚えている割合が増えるたびに、何かが俺の心を染めていくのが分かる。まるで夕闇のように広がっていくそれを俺は止めることができないまま、時間だけがただ過ぎ去っていた。
自分が自分でなくなるような、そんな感覚。
一人でいるときにはいつもその不安に押しつぶされそうになる。
「認めたくないけど、医者に行ったほうがいいよな…」
 本当に認めたくないことだが、俺は何かの精神病を患っているのだろう。
 最近流行のうつ病とは違うと思うが、精神安定剤を貰ってきた方がよさそうだ。
「失礼します」
 そこまで考えたところで、ベッドを間仕切るカーテンの向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。その声の主は保健医の先生と少し話をしたあと、カーテンの向こうから姿を現す。
澄香だ。
その姿を認め。俺は体を起す。
「正くん。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
 なるべく、元気に答えたにもかかわらず、俺の声は力強さが足りていなかった。
 当然、澄香もそれには気づいているのだろう。彼女は「ウソ…」と呟いて俺に顔を近づける。
「顔色、さっきより悪くなっているよ」
「気のせいだ」
 即答するが、その言葉に説得力がないことは自分自身が一番よく分かっている。
 体のだるさが、寝る前よりも増えていることには気付いていた。
「正くんの家、今は誰もいないよね。
 おじさんは出張だし…
家に帰ったほうがいいと思うけど、一人で帰すのは心配だし…
あと、二時間くらい待っててくれないかな、授業が終わったら送っていくから」
彼女はそう言ってくれるものの、幼馴染とはいえ、そこまで迷惑はかけられない。
俺はそう思い、彼女の提案を断わるのだが、彼女は聞き入れてはくれなかった。
「だめ。正くん、どっかに行っちゃいそうな顔してるもの。
 そんな顔色の人をほっとけないよ。
 絶対に送っていくから」
 彼女はそう言って、絶対に譲ろうとはしない。
 そういう時の澄香の頑固さを俺はよく知っている。
俺がどんなことを言ったとしても、彼女は自分の意見を取り下げようとはしないだろう。
しかたなしに、いや、内心はすごくうれしかったが、俺は彼女の提案を受け入れることにした。
「さあ、それまで横になって」
 彼女に促されるまま、俺は再びベッドに横たわる。
 そして、目を瞑ると自分の手を彼女が握るのを感じた。
「なにを…?」
 俺は驚いて、彼女を見る。
「こうすれば、安心するかと思って。
大丈夫。何があっても正くんは、正くんだから」
「何を言ってるんだ?」
「なんでもない。
 今は、安心して眠って」
 再び、俺は彼女に促されるままに目を瞑った。
 彼女の手のぬくもりは、ひどく温かい。
 それが、俺をひどく安心させてくれるのは確かだ。
 そのせいなのか、自然と眠たくなってくる。
 こんなに安らかなのは、いつぶりなのだろう。
 彼女の手の温もりをもっと感じていたいと思いながらも、こみ上げてくる眠気には抗いきれず、俺の意識はまどろみの中へと落ちていった。
 その時、俺は今までがウソのように夢を見なかった。

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