「♪〜」
 ある街の住宅地にある一軒家。
 そこでは、一人の主婦が鼻歌を歌いながら、掃除をしていた。
 彼女は今日、とても張り切っている。
 なぜなら、今日下宿して学校に通っている二人の子供が家に帰ってくるからである。
 親としてこれほどうれしいことはない。
 掃除の手にも力が入るというとこだ。
「帰ってきたら、いっぱいお話しないと」
 笑顔を浮かべ、そう独り言を呟く。
 今年の文化祭はどうだったのかしら?
 恋人はできた?
 聞きたいことは山ほどある。
 学生時代は変化にとんだ時期だ。きっと楽しい話がいっぱい聞けるだろう。
「はあ、でも学生か〜」
 いろいろ聞くことを考えていると、思い出すのは自分の学生時代。
 今思い返してみれば楽しかったと彼女はその当時を思い返した。


 健介君は一般生徒です。外伝6「あの時君は若かった」


 もういやだ。
 彼女は下駄箱に入った手紙を見てそう思った。
 手紙といってもラブレターなんていう甘酸っぱいものではない。
 その証拠に手紙には墨で果し状と書かれている。
 この類の手紙を貰うのはいったい何回目だろう?
 片手で収めれないのは確かなことだ。
 なぜなら、彼女は……
「佳代さん。おはようございます。
 へえ、また果し状ですか。
 ここは、場所と時間は何処です?
 この学校の番がだれだか、しっかりと分からせてやらないと」
 この学校の番長なのだから。
 東上の狂い華と言えば、この街では知らないものの居ない冷酷非道の女番長の名前であるが、その名前を持つ彼女としては、甚だ不本意なものであった。
 彼女は影で涙を流す。本当は私は優等生なのにと。
 狂い華。それは手段を選ばないことからついたあだ名であった。
 気にいらない教師を火をつけて殺しかけたり、対立した不良生徒を屋上から突き落としたりとその伝説は語りきれない。
 だが、彼女に言わせてみれば、それはまったくの誤解だった。
 教師に火がついたのは不可抗力で、ガソリンをこぼして油まみれになった教師に駆け寄ったら静電気で火がついてしまっただけだし、屋上から不良性とが落ちたのは、彼女に驚いて足を滑らせただけなのだ。
 事実、彼女はそのことで、ペナルティーをくらったことはない。
 しかし、そこが彼女の存在をより恐怖たらしめているのだが、彼女はそれを知らなかった。
 こんな生活から、抜け出さないと……
 果し状を手に彼女は、こんどこそ誤解を解こうと決心をした。
 放課後。佳代は舎弟の千尋(ただし佳代は友達のつもり)の静止をふりきり、一人果たし状の指定する現場へとやってきた。彼女がいると、話がややこしくなると思ったのだ。
 場所は学校近くの建設現場。工事が終わり、人がいなくなる頃だと時間の指定はしてあったから、相手はそろそろ来る頃合であろう。
 現れた人数は三人。見るからに悪そうな外見に少し顔が青くなるものの、説得を開始しようと口を開く。
「あの……」
 だが、それに対する相手の答えは拳。
 彼女は驚き、目をつぶってしゃがみ、顔を守るために腕で眼前を覆う。
「うぐっ」
 ひじにあたる何かの感触と共に聞こえてくるのはうめき声。
 恐る恐る目を開けば、そこには股間を押さえて悶絶している男が一人。
 どうやら、デリケートな部分に当たってしまったらしい。
「てめえ、よくも聡を!」
 それにいきり立つのは残りの二人。
「ちょ、誤解だから」という彼女の言葉を聞かずに襲い掛かってくる。
 もう説得は無理かもしれないと、彼女は二人を見て逃げ出し始めた。
 工事現場の中を走り回り、固めかけのコンクリート上の木で出来た渡しを通る。
 渡しの幅は狭かったが、平衡感覚には自身がある問題ない。
 だが、そんな慢心がいけなかったのか、向こうに渡りきる前に、彼女はバランスを崩した。
 下に落ちるわけにはいかないと彼女を向こう岸まで一気に飛ぶ。
「はっ」
 掛け声と共に跳ぶその姿はさながらアスリートのよう。
「「ぎゃー」」
 だが、そんな声にハモるように、情けない声が聞こえてきた。
 恐る恐る後ろを見れば、そこにはコンクリートに沈んでいる二人の不良の姿。
 どうやら、同じく渡しを渡っていたときに、佳代が激しい動きをしたために、渡しが落ちてしまったらしい。じたばたと抜け出そうとしているが、中途半端に固まりかけたコンクリートの中では上手くいかないらしく、なかなか抜け出せそうにはない。
 佳代は顔をさっきとは別の意味で青くする。
 助けなければ。確かにむこうはこっちに何も聞かず襲い掛かってきたが、それとこれとは話が別だ。
 佳代は急いで、周りの使えそうなものを探した。
 ちょうぞいいとこにあるのは角材。
 それを引き寄せ、つかまってと男の方に差し出し……
 片方の男の眉間を打ち抜いた。
「と、とおる!」
 残った男が叫び声を上げた。
 やばい。佳代はさらに顔を青ざめる。
 助けるつもりが、止めを刺してしまったから当たり前だ。
「も、もうやめてくれ、俺達がわるかったから、殺さないでくれ」
 男の命をこう言葉に、佳代は心底泣きたくなった。


 おかしい。楽しかった思い出を思い出そうとしたのに、どうしてこんなものばかりを思い出してしまうのだろうと佳代は膝を突いた。
 このことは子供達には話したことのない彼女の黒歴史だ。
 母親が番をはっていたなんて、教育上よろしくない。
「まあ、でもそれであの人と出会えたと思えば……」
 もっとも、番長と思われていたおかげで、当時巡査であった夫と出会えたのであるから悪いことばかりでなかったのも確かなことだ。
「「ただいま」」
 その時、玄関から子供達の声が聞こえてきた。
「おかえり、健介、瑞樹」
 彼女は笑顔で出迎える。その顔はとても輝いていた。
 彼女は知らない。自分の息子がSSWだと勘違いされていることを。
 彼女は知らない。自分の父親が工作員だと勘違いされていたことを。
 彼女は知らない。自分の祖父が戦闘機のエースパイロットだと勘違いされていたことを。
 彼女は知らない。自分の家系の遺伝のことを。
 これは、ある一族に産まれた女性の過ぎ去りし日々の思い出である。

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