ヘイ、ブラザー元気か?
俺は元気だ。なにやら先日おかしな幼女とロボに追いかけられ、川に沈んだのだがなんとか生きている。
もちろん、風邪なんて引いていないさ。昔から風邪だけは引いたことはないんだ。
突然だが、俺はピチピチの男子高校生だ。
え、何が言いたいかって?
つまり育ち盛りだと言うことさ。
男子寮の飯は基本的に寮母さんがつくってくれるのだが、夜遅くまで起きているとそれだけでは足りなかったりする。
取れる行動は二つだ。一つは我慢する。もう一つはコンビニで買うかだ。
自炊なんて選択肢は俺にはない。
中学のときの家庭科の成績は余裕で一だったぜ。
ともかくだ。俺はその日近くのコンビニまで歩いていってる途中だったわけだ。
しかし、その時学園内にいきなりアナウンスが響く。
『これより学園内は停電となります。
学園生徒の皆さんは極力外出を控えてください』
そういえば、今日は学内一斉停電の日だったななんて思っていると、いきなり周りは真っ暗になってしまう。
ああ、くそ。
自慢じゃないが俺は夜目があまり利かない。これでは明かりがつくまでここから離れられないではないか。
今、自分がいるのは学園の外に続く大きな橋だ。
しょうがない。電気がつくまでここで過ごすかと俺は橋の手すりに背を預けることにする。
しかし、なんでこうなるかねぇ。
健介君は一般生徒です。第二話
初めにやってきたのは少年だった。彼はへんな形をした棒に乗って上空から現れる。
おい、一体なんなんだあれは?
俺は疑問に思うのだが、そこはそれ。いちいち子供のすることに目くじらを立ててはダンディーなおじ様になれないので寛大な心でそれを許してやることにする。
大人の余裕という奴さ。
はっはっは。
だが、その余裕も次の瞬間には砕け散ることとなった。
どこかで見たことのある幼女とロボがその後を追って来たからだ。
OK隠れよう。
あの幼女になど関わりたくない。
すぐさま判断すると俺は橋の影で小さくなり、身を隠す。
その間、なにやら叫び声が聞こえ、フラッシュが走ったりしたような気がしたが気にしては負けだ。
何に負けるかは知らないが、しばらく経つと騒ぎは終了したらしい。
音は聞こえなくなり、後には静かな暗闇だけが残る。
ふう、これ位でいいだろう。
俺は慎重に様子を見ながら、橋の影から立ち上がった。
ってふえてるー! なぜだか知らないが、そこには新たな人影と小動物がいたりする。
いや、落ち着け俺よ。
敵はまだ俺には気付いていない。
このまま逃げれば間違いなく現実に帰れるはずさ。
そして、そのままそろーりとゆっくり慎重に歩き出すのだが、俺は運が悪いのだろうか。
誰だこんなところに空き缶なんて放置した奴は。
俺の黄金の左足は奇しくも足元に転がっていたアルミ缶を蹴り飛ばしていた。
くそっ、カナダでの不法投棄は罰則が激しいんだぞ。ここは日本だけど…
カランという音はとても大きく聞こえたような気がする。
その瞬間俺に突き刺さるのはいくつもの視線。
特に幼女のが一番鋭くて、お兄さん照れちゃうよ。
不思議さん一行は俺のことを驚いた目で見ていたのだが、やがてその中の一人、幼女が口を開いた。
「ほう、貴様は…」
はっはっは。貴様は何かな?
そんな親の敵を見るような目をすることないじゃないか。
ほら、お友達のロボ子ちゃんも元気そうだし。
「ふん、やはり私を監視していたと言うわけか」
そんな、こんなジェントルマンな俺をストーカーと間違うなんてひどいじゃありません?
しかし、そこで俺の冷静な部分が自分に告げた。
この幼女は向こう側にいる少年のグループよりあきらかに俺を警戒していると。
事情はよく知らないが、先ほどまで彼女達は対峙していた筈だ。
幼女はそちらへの警戒を怠ってはいないようだが、その注意力は8:1の割合で俺の方を向いている。
これはあれか、そんなに俺の存在がうとましいのか。
なんだか幼女はあちらを無視してこっちの方に攻撃を仕掛けてきそうな気がする。
この状況を回避するにはあれしかない。
俺に近づくと怪我するぜ作戦だ。
説明しよう。俺に近づくと怪我するぜ作戦とは虚勢をはり、自分を強く見せかけ余計な戦闘を回避するというものである。
「そちらの少年のことはもういいのかね?」
作戦実行のためにダンディーボイスで俺は幼女に話しかける。
余裕があるように見せかけるのがコツだ。
「戯言を、邪魔する気満々の癖してよく言う」
「邪魔する気などないさ。
夜遅くに散歩をしていたら闘気を感じて来たまでのこと」
もちろん闘気なんぞというものを感じたことはうまれて今までありはしない。
というか闘気なんぞというものが本当に存在するかね?
「つまり、貴様は私の邪魔をしないとでも」
「ああ、しかしやると言うなら相手になるぞ」
よし、もう一押しだ。相手の心はぐらついているぞ。
ここは最後に自分が強そうな拳法の達人だと言い放てば相手は戦闘を避けるはず。
「セクシーコマンドーは無敵だ」
ってなんで俺の口はセクシーコマンドーなんて言葉を言うんだ!
セクシーコマンドーとはだいぶ前にとある週間漫画雑誌で掲載されていた作品に登場する架空の拳法のことだ。
もちろんそんなものは現実に存在しないし、その拳法も俺の主観から言えば拳法といえないような気がする。
はっきり言おう。あれは拳法云々の前の話だと。
これでは積み上げてきた作戦がパーではないか。
しかし対する幼女は「セクシーコマンドー?」というだけで、なにやら訝しげな顔をし始めた。
そうか、そんな漫画をあんな幼女が知ってるはずないよなぁ。
はっはっは。
これならいけるぞ。
「茶々丸…」
「検索します」
って、ロボなに余計なことしてやがる。
「結果が出ました」
くそ、これで終わりか。
「セクシーコマンドーとは室町時代に発祥したいわゆるフェイントという技術を技にまで昇華された格闘技のようです。
その技の極意は相手の隙をいかに引き出すかに集約され、一部では幻の拳法と言われている存在だそうです」
勘違いをありがとう。
おそらくそれを登録した奴は間違いなくネタで書いたのだろう。
しかし、誰だか知らないがロボの設計に関った人よ。君は神だ。
幻の拳法と聞かされ、幼女は分が悪いと感じたのか。
「ふん、いいだろう。
しかし、手を出したときには容赦はせんぞ」
と言い放ち、こちらに背を向ける。
ふ、無駄な血(おもに俺の)を流さなくてすんでよかったぜ。
その後?
知らん。その後、速攻逃げた俺が知るはずないだろう?
明日奈さんと仮契約をした後、僕はエヴァンジェリンさんの前へと立った。
緊張が高まり、戦闘を開始しようとするところで、それに水をさす様に乾いた音が聞こえた。
そちらを見れば、高校生の位の男の人が立っている。
そんな、一般人の人がいたなんて。
僕は慌てふためいたが、エヴァンジェリンさんはそうではなかったらしい。
彼女は警戒した目つきで男の人を見ている。
エヴァンジェリンさんが警戒するなんて一体何者だろう。
僕が疑問に思っているとその謎もすぐに氷解した。
彼は『せくしぃこまんどお』とかいう幻とまで言われる拳法の使い手のようなのだ。
しかし、彼は僕たちの勝負には手を出さない気らしい。
でも、それは僕にとっても望んだところだった。
なぜなら僕もエヴァンジェリンさんと対等な形で闘いたいと思ったところだったからだ。
僕は静かに杖をぎゅっと握り締めると呪文を唱えるために息を吸った。