第十話 管理局試験

「卒業証書 アリサ=バニングス。シルフィ=ムーブ。
 貴殿らがそれぞれ赤と緑の魔法の基礎を収めたことをここに証明する」
「なんですか、それ」
「シルフィ、冷たいぞ」
 季節は地球で言うところの春。俺はアリサとシルフィの二人にそれぞれ一枚の紙を渡した。
「いや、そろそろ二人とも基本は覚えたし、俺が見てなくても独自で鍛錬できるようになったと思って」
 この半年で二人は魔力操作や分割思考をものにしていた。アリサもシルフィも4マナまでは完璧に制御できるし、見ていなくてもちゃんとできるだろう。アリサは最初の成長こそシルフィより早かったが、今は二人の力は同じ程度だ。高いマナ数の制御をするのが難しいこともあるが、なによりもアリサは学校に時間をとられているというのが大きいだろう。
「ということは、もう自由に魔法を使って言いの?」
「いや、アリサはだめだ」
「えー、なんでよ。人に見られなければいいでしょ」
 アリサはぼやくがそれを許すつもりはない。人に見られなくとも悪魔やその嫁に感知される可能性は非常に高いのだ。いくら今のなのはが、まだ魔法との関わりあいを持っていないといっても、生来の才能というものがある。そこで気付かれたら、何のためにアリサの口をつぐませたのか分からない。
「別に永遠にとは言っていない。後一年待ってくれればいいんだ」
「その一年でなんかあるの?」
「それは……」
 言える分けない。そもそもジュエルシードの事件や闇の書事件は起きるのだろうか。俺がいて、アリサが魔法を覚えているこの世界はすでにアニメとは違う道筋を通っている。だが、それでも二つの事件が起こらないとは断言できない。それに仮にも事件が起きたとして、その時アリサは俺の言いつけどおりに黙っているだろうか?
「……そうだな、今日の試験に通ったら教えよう。
 ただし、通らなかったら、言い付けを守ること」
 賭けをアリサに提示する。内容は今日二人が受ける管理局の魔導士認定試験Cランクに受かるかどうかというものだ。もしこの賭けに勝てたのなら、誇り高いアリサのことだ。こちらの言うことを聞いてくれるだろう。だが、負けた場合、正直に言うのか? あの事実を。
 この提案に対するアリサの答えは是。賭けは成立する。さて、そうするとこれらを彼女達に渡すかが問題だ。
 脇に抱えた紙袋。そこには今日の試験のために俺が用意した4マナ分のマナ・アーティファクト、外套と短剣がある。外套と短剣はその使用者に被覆高カを与えて、魔法の対象にならないというある意味反則なものなのだが、これらを彼女達に与えることはすなわち、試験の合格率をあげてしまうことになる。だが、これらを渡さなければ彼女達の合格は不可能だ。そうなると、この日のために努力を重ねたシルフィに申し訳がない。
 あちらを立てればこちらが立たず。悩んだ末の決断はマナアーティファクトのみを彼女達に渡すということだった。
 取りだした鉄鋼。その表面には冷鉄の心臓が埋め込まれている。見てくれの悪い、実用性を重視した形だ。
「がんばれ」
 月並みの言葉と共にそれを二人に渡した。


 ミッドチルダの郊外。今は使用されていない廃墟の並ぶ地区にアリサと小走り犬を従えたシルフィは立っていた。モニターごしに見える彼女達の表情は若干緊張しているようにみえる。だが、俺だって緊張している。なんせすぐ隣にあのレジアスとかがいたりするからな。
 恐らく新術式を持つ魔導士が使えるかどうか確かめるためだろう。そして、なぜ俺がそんな人と相席しているかといえば、魔法の解説役としてだった。
「今、二人が魔力光を発したが、あれは?」
「強化魔法です。アリサの方はシヴの抱擁、シルフィの方はガイヤの抱擁を使用しました」
 彼女達が使ったのはそれぞれ同じサイクルの強化魔法だ。他にはセラ、ゼフィド、吸血の抱擁がある。また、ただ強化されるだけではない。それぞれ特殊能力がつく。シヴの抱擁ならば飛行とパンプアップ能力(魔力をこめることによってパワーをあげる)緑だったらトランプル(衝撃貫通能力)を保有している。
 審査官の合図に従い、彼女達は走り出す。今回のミッションは所定の位置までに時間いないに到着するというもの。無論途中に妨害は山ほどある。彼女達の眼前現れた無人機もその一つだ。アリサ達の反応は早かった。すぐさま術符を構えると、それぞれ魔法を行使する。雷撃が宙を舞い、強化された小走り犬が無人機を踏み潰す。経過は今のところ順調だ。対したダメージもなく、十分な時間を残してゴールに一歩一歩近づいていく。しかし……
 ドゴーン
 突如、彼女達の目前で爆発が起こった。その直後地底から這いあがってくるのは、巨大な虫型の機械だ。ただ、そのサイズは尋常ではなく、大の大人の3倍はある。ただでさえ小さな彼女達の体がより小さく見えた。頭部が割れて中から現れるのは銃身。そのから放たれるのは青色の魔力弾だ。
 シルフィはすぐさまモノ陰に隠れ、アリサは空中に退避する。どうやら虫もどきはアリサにねらいを定めたらしい。彼女に容赦なく魔力弾を浴びせ始めた。アリサはよけるのに手がいっぱいで、術符を使える余裕はありそうにない。そこにアリサを助けようと体当たりをしかけるのは小走り犬だ。その衝撃に甲虫は体をよろめかせる。そしてその隙にシルフィは手に持った杖で甲虫を打ちつけた。虫は表面に障壁を張るが、杖の打撃に堪えきれず障壁は砕けちる。だがそれだけではない。次の瞬間、障壁を割った時の余剰エネルギーが甲虫の体を襲ったのだ。金属の体は盛大に陥没した。そこにとどめとばかりにアリサが炎の投げやりを突き刺す。赤い炎に包み込まれ、甲虫はその動きを停止させた。
 それを見届けると二人はゴールに向かい、センサーの前を通りぬけた。時間は残り二分以上のこっている。間違いなく合格だろう。
「これなら、管理局の仕事のこなしていけるだろう。
 ご苦労だった」
 そう言ってレジアスは笑顔を浮かべ、俺に手を差し出した。人手不足に悩む彼にとって、このことは大きな全身であるに違いない。俺は彼の手を握り返した。
「いいえ、こちらこそ、ご支援ありがとうございます」
「シルフィ陸曹の働きが評価されれば、また幾人か教育を頼むことになるだろう。
 その時はよろしく頼む」
「ええ」
 これからまだ他に仕事があるのだろう。それだけ言うと彼は部屋から出ていった。後に残された俺はそこでふとあることに気き呟いた。
「賭けに、負けたな」
 さて、アリサにどう話してよいものか。

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