第十九話 その三日後
目覚めはあまり良くなかった。二日酔いのように胃がムカムカし、汗にぬれた肌がシーツに張りついて気持ち悪い。そんな気分の悪さを押しのけるように思いだすのは意識を失う直前まで封じ込めようとしていたジュエルシードのことだ。
あたりを見渡す。確認するこの部屋は俺がバニングス家で使っているものだ。ということは俺が意識を失った後、誰かがここに自分を運んだということになる。
カチャ
そこまで思考したところで、この疑問に答えられる人間が現れたようだ。金髪の髪を揺らしながら歩くその少女はベッドの脇までくると安心したように「大丈夫のようね」と言った。
「ああ、少し気分が悪いが、なんともない」
「そう……」
俺の言葉にアリサは笑顔を浮かべるが、
パシッ
その笑顔を一瞬にして歪め、俺の頬を思いっきり引っぱたいた。殴られたことはあっても、引っぱたかれることは今まで経験がない。じんわり広がってくる痛みに「なにするんだ」と声を上げる。
「何するんだですって、こっちがどれだけ心配したと思ってるのよ。
あなた、三日も起きなかったのよ」
そう言うアリサの目には涙が浮かんでいた。アリサの涙を見たのはそれが初めてだった。そのことに戸惑いどうすれば言いか分からない。
「すまない……」
長考の末に出た言葉と言えば、そんなありきたりの言葉だった。
「本当にもう起きないんじゃないかと思ったんだからね」
「すまない。大丈夫とは思ったんだけどな。
そのために色々準備してたし」
「その準備がうまくいってなかったんでしょ。亮也はいつだって詰めが甘いんだから」
言い返せないところが辛い。術式は完璧だったから大丈夫とは思ったのだが。
「なあ、屑鉄カゴはどうした?」
「屑鉄カゴって亮也がいつも連れてるガラクタよね。あれならそこ。
なぜか知らないけど壊れてるわ」
そう言われ、視線を移すと、そこには腹に穴を空け、バラバラになった屑鉄カゴの姿があった。
「ああ相棒。こんな姿になってしまって。お前ほどの男を亡くのはおしい。
私の血で生きかえるがいい」
「何くだらないこといってるのよ」
「なんとなく、こういう時はこう言うのがお約束かなと。
しっかし、ひどくやられたな」
一歩間違えれば自分がこうなっていたかと思うとぞっとする。
「ねえ、どうしてこれ、こんなに壊れてるの?」
「ん、ああ、さっきの話しの続きだけどな、実は俺の受けるダメージをすべてこいつに移すようにしてあるんだよ」
その呪文の名は『最下層民』。プレーヤーのダメージをエンチャントしたクリーチャーに移すものだ。エンチャントするクリーチャーは相手のモノも選べるために、除去と防御をあわせもつという優れモノである。だが、今回ばかりは俺の受けたダメージ量が多すぎたのかもしれない。三日間眠りっぱなしだったのは恐らくその辺が原因だったのだろう。
「まあ、こいつは後で直すとしてだ。それで、あの後どうなったんだ」
俺はこうして普通に生きているのだ。今、重要なのはそっちの方だろう。
「どうもこうも、質問攻めよ。
本当につかれたんだからね」
「それは悪かったと思ってるよ。
で、どんな風に言ったんだ?」
「教えたのは、私が神河式の魔法が使えるということと、それを教えたのが亮也っていうとこだけ。
ジュエルシードに関しては最近へんな魔力を感じるから、昨夜確認しに来たとだけ伝えたわ」
「上出来だ。
下手にジュエルシードを認識してたと知られたら厄介だからな」
そう、俺たちがジュエルシードの存在を認識していたことを知られるのはあまりよろしくない。後でおえらいさんから知っていたのにどうして通報しなかったと聞かれたら困るし、なのは達にもどうして手助けをしなかったのかと聞かれるとまずい。最悪あのDVDの話しもしなくてはならないからだ。
「それで、なのは達はどうしてる?」
「おそらく、アースラと接触しているところじゃないかしら。
海の方向に魔力反応を感じたし」
「なるほど……
となると、あちらからこっちにも何か話しがあるかもしれないな。まあ、とりあえずこちらとしては、自分達がジュエルシードを知らなかったことを証明するために、今からロストロギアの通報でもするか」
「するんだったら、アースラから連絡が来る前にした方が良いんじゃない?」
三日間何も食べていなかったために、腹に何かいれておきたかったがそうした方がよさそうだ。俺はデミオに連絡を取るために部屋においてある通信機のスイッチをいれた。