第二十話 そしてアースラへ

「陸士学校、神河式魔術講座教官亮也およびその生徒のアリサ=バニングス、ただいま参りました」
「時空管理局執務官、リンディ=ハラオウンです。
 今回はわざわざ艦に来ていただきありがとうございます」
 昏睡状態から復帰したその日の晩、案の定アースラから連絡が来た。話の内容は先日起きた次元震について聞きたいとのこと。断る理由は特になく、俺はアリサを連れて、アースラへと乗艦した。クルーに連れられやってきたのはこの艦の艦長であるリンディ=ハラオウンの私室、和風もどきの茶室だった。
「いえ、自分のそのことについて気になってたものですから」
「そういって頂けるとありがたいです。最近は非協力的な方も多いですから」
 話しは和やかな雰囲気で進んでいる。特に後ろめたいことはしていないので、堂々と構えることにする。リンディさんはそんな俺たちに中央におかれた茶釜からお湯を取りだすと、抹茶の粉が入った器にいれると茶せんで泡立て差しだす。
「さて、まあ雑談で時間を潰すのは嫌いじゃありませんが、本題に入りませんか?」
 それらを受け取り、一口飲むと俺はそう言った。
「そうですね、貴重な時間を頂いていることですし、でも少し待ってくれませんか?
 こちらにもう一名来ますので」
 彼女がそう言うのと、部屋の扉が空くのは同時だった。入ってくるのは背の低い男の子、一見小学性にも見えるが実際の年齢は十代の後半に入っているはずだ。
「クロノ=ハラオウン執務官、ただいま参りました」
「紹介するわ。本艦所属のクロノ=ハラオウン執務官です」
「亮也です。はじめまして」
 リンディさんに紹介され、頭を下げるクロノに、こちらも挨拶をする。互いにお辞儀をしおわると、彼はリンディさんの横へと腰をおろした。
「さて、これでこちらの面子がそろいました。それでは話しを始めましょうか。
 まず、こちらから聞きたいことは、三日前の次元震が起きたときの状況ですね」
「確か、その日は夜になって不思議な魔力を感じたんです。
 いえ、ここ最近似たような魔力を何度も感じていましたから、気になりまして」
「それで、確かめに行ってあの場にはち合わせたと」
 リンディさんの言葉に俺は肯く。もっとも、ジュエルシードがそこにあるのは初めから知っていたことなのだが。
「ええ、まさかあんなことになるとは思いませんでしたけどね。
 その場でロストロギアと思わしきものが魔力を増幅しているのを感じて、とっさに自分の身で封じようとしたわけです」
「その件に関してはお礼申し上げます。ですが、2、3点気になる所が……」
「なんですか?」
「あなた、なのはさんが魔導士ということを本当に知らなかったんですか?」
 その言葉に一瞬ドキッとした。しかし顔に出さずに「ええ」と肯定する。
「それがなにか?」
「気分を害されたのなら謝ります。でも、なのはさんはあのように巨大な魔力を持ってますし、それに気付かないのはおかしいと思いまして」
「こちらとしては、あなたが何らかの理由でロストロギアのことを放置していたのではないかとも考えています」
 こちらを揺さぶる気か、クロノは補足するようにそう述べる。さて、ここからが正念場といったところか。
「先にクロノ執務官の疑問に答えると答えはノーですね。そもそもそんなことをして、自分には何一つのメリットはない。
 次になのはちゃんに関してですが、あの膨大な魔力については気付いてましたよ。ですがそれだけですね」
「それはおかしい、あれほどの魔力があれば普通魔導士と思ってもおかしくないはずだが」
「あら、それはおかしいと思うけど」
「どういうことかな」
 再び来るクロノの追撃にこたえるのはアリサ。彼女はいつものように自身満々で答える。
「だって、それは十分条件であっても必要条件じゃないんだから。
 むしろ、管理外世界にミッド式の魔導士がいる方がおかしいと普通思うわ。純粋にこちらの世界出身ならなおさらそう思わない?」
「確かにそうだろう。しかしユーノ=スクライアがこの世界にたどり着いたときに出した念話についてはどうだ?
 あなた達も魔導士だ。受信していたはずだが」
 確かに普通のミッド魔導士ならそれらを受信できていただろう。しかし俺たちはミッドの魔導士ではない。
「クロノ執務官と自分達の間には、まず前提となる情報が違うようだ。
 まず、最初に言っておくが、俺とアリサは保有魔力がFランクであることを理解して欲しい」
「Fランク?」
 クロノはその言葉に、怪訝そうに眉を潜めた。それもそのはず。このFランクという魔力量は魔法を使えないことを意味しているのだから。しかし、俺とアリサは管理局で正式にランクを認定されている魔導士。そのことに疑問を感じているのだろう。
「調べていただければ分かりますよ。
 それで執務官殿、そのような微弱な魔力しか持てない人間がいくら広域に発信されたとはいえ、念話を受信できると思いますか?」
「確かにそれなら受信できないと思うが、正式に認定された魔導士にそんなことがありえるわけが……」
「彼の言っていることは本当よ」
 そこに口を挟んできたのはリンディさんだった。どうやらこちらは最初から知っていたらしい。
「話を聞く前に彼の資料を調べたけど、魔力保有量はFランクだったわ」
「……艦長、どうして早く言ってくれなかったんですか?」
 まわりのじと目に対して、澄まし顔のリンディさん。ちっとも答えた様子はない。
 クロノはそれに何かを言おうとするが、それでは全く話が進まなくなってしまう。彼がしゃべる直前に俺はそう言葉を紡いだ。
「それで、自分達への疑いは晴れたと思ってよろしいですか?」
「んっ、ああ、すまなかった。そうだな、まだ色々と聞きたいことはあるが、この件に対してはもういいだろう。
 こちらの認識不足によって、いらぬ疑いをかけてしまい、すまなかった」
 頭を下げるクロノに「いえ」と一言だけ返す。
「しかし、あなたはそんな魔力の保有量でどうやって、魔法を使っているんですか」
「ここになければ、別のところから持ってくるということです。
 まあ、時間も限られてますし、詳細が知りたければ、来年から開かれる神河式の授業に出てください。
 それで、他に聞きたいことはありますか」
 そこに「でしたら、私から一つ」とリンディさんが口を挟む。
「話をきけば、あなたはジュエルシードを封印する過程で重症を負った聞いてますが」
「ええ、確かに三日間寝こむくらいの怪我は負いましたね」
「なのはさんのデバイスの記録から見るととても助からないような怪我を負ったと思いますが……」
 そういえばアリサに聞いた限り、一次的とはいえ俺の状態はかなりひどくなったらしいな。体から血を噴出すような怪我をして、たった三日で回復して見せれば、疑問にも思うだろう。聞いた限り、ミッド式の魔法ではそれをすぐさま直せるような治療魔法はなさそうだし。
「あれは、自分の使っている魔法によるものです。簡単に言えば、自分の受けたダメージを別のモノに移したわけです」
「そんなことが可能なんですか?」
「詳しい原理を説明しろと言われても困りますがね」
 懐疑的な視線を送るリンディさんにそう答えるが、あまり信じていなさそうだ。ひょっとしたらロストロギアの類と疑われているかもしれない。しかし、こちらがそう言い張る以上、そこまで追求する気はないのだろう。この件に関してそれ以上何か言ってくることはなかった。帰りはサーチャーとかに注意した方が良いかもしれん。
「そちらの話はそんなところでしょか」
 相手から疑問が途切れるのを見てそう言う。その言葉にリンディさんは人のよさそうな笑顔を浮かべながら「ええ」と答えた。
「後ほど、あなたの行為を評して、感謝状を送ることになると思います。
 褒賞は出ませんけど、気持ち程度でしたら個人的に贈らせてもらいますわ」
 個人的に褒賞をだすとは、この人は本当に人がいい。正直そんなものは期待してなかったが、これは渡りに船だろう。こちらから要求したいことが一つあるのだが、これなら受け入れてもらえるかもしれん。
「それはありがたい。でしたら、一つだけお願いがあるんですが」
「なんでしょうか?」
「その前に確認しておきたいのですが、この艦はジュエルシードの操作をするためにしばらくこの次元にとどまるということでよろしいでしょうか?」
「ええ、そのつもりです」
「なら、私たちをしばらくこの艦においてもらえませんか?」
 そう、俺が要求したいことは、この艦への滞在許可だ。事件が解決するまで滞在できれば尚良い。
「それは、どうしてですか?」
「いえ、実はうちの教え子はまだ将来について色々と悩んでまして、管理局への就職も考えてるんですが」
「なるほど、実際に働いている姿を見てみたいと?」
「ええ、できれば民間協力者という形で乗せてもらえればうれしいのですが」
 それっぽいことを言っているが、もちろん本音は違う。俺たちの目的はこの事件をより良い形で終わらせることだ。そのためには時の庭園には行かなければならないだろう。最後の戦いに参加するためには、この艦に乗ってなければいけない。魔導士ランクの低い俺たちがむこうから協力を要請されると思えないし、そんな俺たちがこの艦に乗るためには、こう言うほかないだろう。
「そういうことなら構わないでしょう」
 リンディさんからはこれでいいのかと思うほど、あっさり承諾をもらう。しかし、そこに異を唱えるのが一名。いうまでもなく、お堅い執務官クロノである。
「艦長、自分は反対です。
 素人が何時戦闘に巻き込まれるかもしれない本艦にのることは危険です。
 それに今あなた達は民間協力者としてといいましたよね。それは戦闘にも参加すると?」
「最低でも邪魔しないようにだけは立ち振るいますよ。
 自衛くらいはできます」
「しかし」
「クロノ、仮にも陸士学校の教員が言っているんだから」
 クロノは尚も何か言いたそうだったが、口をつぐんだ。こうして、俺とアリサはアースラへと事件が終わるまで乗ることとなる。

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