第三十二話 練習の後のお茶会にて

「ああああああ!
 なんでうまくいかないのよ!」
 ある日の夕方。バニングス邸に少女の声が響く。
 日本では珍しい金髪の彼女はこぶしを握りしめながら、悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「これで、十回目か」
 その姿を見ながら、確認するために俺は呟く。
 この十回という数字。なんのことかと言えばアリサが魔法の発動に失敗した数である。
 その魔法の内容は召喚魔法。自分が契約したクリーチャーを呼びだすというそれだ。
 マナコストは2マナとアリサなら問題のないものなのだが、使うマナが問題だった。
 白と黒の対抗色なのである。
 MTGには概念として有効色と対抗色の概念がある。それがあらわしているのは魔法としての相性の良さだ。
 白と黒のマナはそれぞれ反発する位置にあり、どうも同時に使うのが難しいらしい。
 ここで、らしいと言っているのは、俺が使う分にはそこまで難しく感じないわけだからだが……
「ごめんな、すずかちゃん」
「いえ、アリサちゃんもがんばってますから」
 一向に成功しないアリサ。その代わりに俺は隣にいるすずかに謝った。
 なぜなら、何を隠そう彼女がアリサの召喚しようとしている者だからである。
 このように気にしないと言ってくれる彼女のためにも、アリサにはがんばってもらいたいものだ。
 数日前、夜の一族についてアリサはすずかから聞きだした後、契約をしたらしい。
 夜の一族のではなく、神河式魔導士としてである。
 そのことを知った俺は、アリサに召喚術を使ってみることを進めてみたのだが、結果はご覧の通りである。
 進歩があまり見られない。アリサの使用しているマナが今までのモノではないというのが大きな原因かもしれない。
 彼女の属性が白黒だったとは。高潔をあらわす白と吸血鬼の色である黒はすずかにとてもあっているのだが、今まで赤を中心に教えてきたアリサが召喚するのは、ハードルが高いような気がする。
 一段ごしに白と黒のマナを使わせてみたが、白だけの呪文の練習を差せた方が良いだろうか。
 またもや不発に終わった魔法を見ながら思う。
 残りの術符も少なくなってきた所だ。今日の練習はどちらにしろやめた方が良いだろう。
「アリサ、今日はここまでにしようか」
 そう決めると、俺は手を叩いてアリサの練習を止めさせた。
 
 
 練習の後、バニングス邸の一室へと来た俺達は軽いお茶会をしていた。とは言ってもお茶受けはなしである。夕食前のこの時間に間食をしてしまえば、夕食が入らなくなるということを考慮した故にだ。甘いもの好きな自分としては、別に食べても良いと思ったんだがな。
 女3人よればかしましいとは良く言うが、二人でも賑やかなようだ。楽しそうに会話をしている二人を眺めながらそう思う。
 それに対して俺はといえば、そんな二人を眺めているだけになっている。
 いやね。年の離れた少女達の会話について行けないのですよ。そんな訳で聞き専に甘んじている訳なのだが、次のすずか一言にそうも言っては居られなくなった。
「そういえば、この前よく図書館で見かけてた子と初めて話せたの」
 楽しそうに話すすずか。そのときのことを思いだしてだろうか、うれしそうに目を細めている。そして、それと同時に俺も目を細めた。だが、その意味は対極だ。こちらの細めたは鋭くしたと言い換えた方が適切だろう。すずかが言う子というのは恐らく彼女のことだ。すぐにアリサに目配せをする。それで通じたのだろう。アリサはわずかに肯いた。
「すずか、その子のこと気になってたものね。
 おない年くらいの車椅子の女の子が居るって」
「うん、高いところの本が取りにくそうだったのを見かけて手伝ったら、仲良くなれたんだ」
 やはり、間違いないらしい。すずかの言うその子は連続魔導士襲撃事件の重要人物、闇の書の主である八神はやてのことで間違いないようだ。
 彼女は思えば不幸な子だろう。幼い頃に両親を亡くし、原因不明の下半身麻痺によって不自由な生活を送っている。
 そんな彼女につい最近訪れた幸運と言えば、闇の書の起動により、守護騎士という家族が出来たことではあるのだが、それは同時に彼女の命のカウントダウンが始まったことを意味していた。
 なぜなら彼女の下半身麻痺の原因は闇の書の与える悪影響によってもたらされているのだから。その闇の書が本格的に起動したのだ。彼女の寿命が縮まるのは当たり前といえよう。
 その彼女が助かる方法といえば、闇の書の完成の他にはない。故に闇の書の守護騎士達は彼女にだまって闇の書の完成のために魔導士の魔力収集を続けているのだ。愛しきもののために罪を犯す者。それは間違っていることだが、そこまでのことをして救いがなければ嘘だ。
 俺の知っている物語では、この事件は闇の書の管理人格であるリーンフォースの死によって収まる。俺達の目的はそれを回避すること。故にこの事件をうまくコントロールするためにもできれば彼女の情報は詳しく持っておきたいところだ。
「アリサ、気になるんだったら、すずかちゃんに紹介してもらったら良いんじゃないか?
 こんど図書館についていってさ」
 だから、そう切りだした。アリサに八神家のことを偵察させるために。アリサはそのことを分かっているのだろう。「そうね、今度紹介してよ」とすずかに頼む。打算からアリサをはやてと友達にさせている気がして嫌な感じがするが、開いての情報を得るためにはそうするのが一番効率がいいのは確かだった。
 すずかはこちらに裏があるとは毛ほども思っていないのだろう。二つ返事でいいよと答えた。

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