閑話4 とある平行世界で

 その日、川岸亮也は日の落ちるのと同時に目が覚めた。だが、それは彼にとって別にめずらしいことではない。もっと言えば日課と言えるものだ。魔術師と言う怪しい職業故の性とも言える。
 歩く体を伸ばした後、神経質そうな顔で水を汲みに外に出ることにした。一見不機嫌そうに見えるが、別にそういうわけではない。いつも考え事をしている故に顔がそう歪んでいるだけだ。彼の機嫌はいたって普通である。
 住処代わりにしている洞窟を出て、近くの小川へと向かう。そこで顔を洗い、お茶を沸かすための水を確保するのは毎度の事ながら少し面倒であった。出来ることなら早く、昨日読みかけの魔道書を見たかった。
 そんな風に思っていると、急に彼の背後で巨大な爆発音がする。何事かと思い振り返ってみると、彼の洞窟の中から煙が立ち上がっているのが、月明かりに照らされて見えた。
 なにごとか?
 彼の心の中に戦慄が走る。頭の中に廻るのは本のことばかりだ。あの中には貴重なものが大量にある。先日A級の魔獣を三体しとめて得た大金でやっと買うことが出来た本が頭をよぎった。いち早く読みたかったが、前に買った本を読み終えていなかったために後回しにしたことを今更ながらに後悔する。
 無事であってくれと神に祈るように思いながら、彼は住処の洞窟へと足を踏み入れた。何か異変がないか手元のランプを置くに向ける。あれだけの爆発が起きたというのに洞窟の中は綺麗なものだ。しかし……
「そんな……」
 呆然と彼は呟く。そこにはあってしかるべきものがない。彼の所有する本を収納する本棚。そこは見事に空になっていた。代わりにあるのは使い道のわからないカードの束のみ。
 コトンッ
 彼の力をなくした手から、木の桶が地面に落ちた。


あとがき
これはこの作品の主人公ではない亮也のお話。
もともとの魔道書の持ち主の話です。本編の亮也と違って、彼は研究者として適した性を持っており、魔法の研究に打ち込み、隠者のような生活をしています。収入は主に魔獣退治。国から依頼されるものをこなして、研究費に回している。
ある意味、不発弾事件の一番の被害者は彼かもしれません。

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