オープンカフェにて


 通りに面したオープンカフェ。
 小洒落た店に俺は男と二人。さすがに嫌になる。
「お前、いまどこにいるんだ?」
 ロブが通りを歩いていた女に目をやりながら、俺に尋ねてくきた。
 自然と俺もその女性を眼で追っていた。いい身体をしている。でも、俺の好みじゃない。
 俺はもっとこう――
「どこでもいいだろ」
 素っ気無く答えた。
 そんなこといちいち聞かなくても調べればすぐわかる。特別な部隊にいるわけでもないのだから。
「グリプス、グリーンノアだっけ?」
「知っているのか」
 やっぱりだ。知っててわざと訊いたのだ。
「まあな」
「で、何の用だ? わざわざ休暇中の俺に会いにくるなんて」
「いや、なんだ……」
 随分と言いづらそうだ。
「結婚でもするのか、お前も。ヴァイディッチとベルクビンソンがこの間結婚したんだろ?」
 同期の中でほとんどの奴が一度は結婚した事になる。すでに3回している奴もいるのだがそんなことは気にしていられない。
 俺はまだまだ独り身だが。
「らしいな。でも、俺にはそんな余裕はないよ」
「余裕がないんじゃなくて、相手がいないんだろ?」
 女と見ればすぐに手を出そうとするくせに、恋はしない。それがロブだ。
「よく言うぜ。お前も似たようなもんじゃないか」
 やっといつものロブの顔になった。
 俺たちももういい歳なのだが、こいつは全く変わらない。
 久しぶりに会ったのだ。
 積もる話もあったのだが、ロブはらしくない表情を時折するのだ。
 何かある。
 そう感じるのが当たり前だが、なかなかいい出せない。
 向こうも何か大事な話があってきているのだ。ここはロブが切り出すまで待つことにした。
 しばらく話して、少し間が空いたときだった。
 俺が通りをいちゃつきながら歩くカップルを眺めていると、ロブが声を潜めて言ったのだ。
「お前さ、ティターンズと一緒にいるんだよな」
 ティターンズ。
「まあ、あそこはそういう場所だからな。ティターンズが仕切っているし」
 何が言いたいのだ。
 ティターンズは軍内部で圧倒的な力を持っているのだ。わかっている事をわざわざ訊く。
 さっきもそうだったが、やはり今日のロブはおかしい。言いたいことを遠まわしに言う男ではないはずだ。それがこいつの良い所だと思っていた。
「それがどうかしたのか?」
「このままだと、お前もティターンズに入る事になるよな」
「さあな。入りたくはないけど、入れられちまったらそれもそれで良いとは思うがね」
 ティターンズのほうが待遇がいいのだ。
 訓練はきついが、その分少ない。休みも多ければ、給料も多い。
 一年戦争を知らない兵士が多いのが気に入らないが、俺もそんなによく知っているわけでもないし。
「なんだよ。そんな顔するなよ」
 ロブが変だ。
「お前は……」
 眉間に皺を寄せ、目を見開いている。
「お前は――」
 突然、胸倉をつかまれた。
 テーブル越しだ。コーヒーカップが落ちそうになった。
「ティターンズを認めてるのか!!」
「馬鹿! 声が大きい」
「あいつらがどんな非道をしてきたのか知らないのか! あの地球至上主義者どもが! 俺たちコロニーに住む人間をどう見て、どう扱っているか!」
 苦しい。
「ただの鎮圧と、見せしめだろ? 裏じゃ色々言われているが、どれも信用できないしな」
「ふざけるな!!」
 さらに声が大きくなった。もう怒鳴っているとしか思えない。
「声が大きい。ティターンズの奴らに見つかったら、エゥーゴと思われるぞ。そうなりゃ、死ぬまで外に出てこれなくなる」
「そ、それは……」
 ようやく手を離してくれた。
 折角新調した服なのに、襟が伸びてしまった。
「お前を信用しているから、話すけどな」
「ん」
「俺はエゥーゴに参加している」
「はぁ?」
 何を言っているのか理解できなかった。
「俺はティターンズと戦う」
「お、おい。ロブ……それってどういうことだよ」
 エゥーゴといえば、反連邦の運動をしている連中だ。政府の弱腰はもとより、なによりスペースノイドの敵ともいえるティターンズを潰そうと躍起になっている連中だ。
 宇宙生まれの宇宙育ちが多い部隊は続々とエゥーゴに靡いているが、それでもティターンズに勝つ見込みは無い。
「何度も言わせるな」
「何考えてるんだよ。そんなことしたら、死ぬだけだぞ」
 ティターンズはエゥーゴをジオン残党、ジオン思想を継ぐ者とし、敵とみなしているのだ。
 以前、エゥーゴの関係者とされる男を見かけたが、尋問される前とされた後の違いを見ればティターンズのエゥーゴへの対応がどういうのものよくわかる。その男は釈放された後、死んだらしい。
「どっちみち殺されるさ。30バンチみたいにな」
 30バンチか。あそこで起きたことはよく知っている。
 あそこに居合わせた奴から聞いた。なんでもない、どこにでもあるようなデモだったはずなのに、ティターンズはデモ参加者のみならず、関係のないコロニー住民までも一緒に殺したのだ。自分が死んでいくことに気づく前に、苦しむ前に死ぬ強力な毒ガスで。
「わかってるならどうして?」
「許せるのか? あいつらはガスを使ったんだぞ。何の罪も無い人たちを、あっという間に、殺した。銃も使わずに」
「G3か……」
 ロブの顔に少し驚きの表情が現れたが、すぐに怒りがそれを上回った。
「知ってるのか? ならなんでお前こそあいつらと一緒にいるんだよ!」
「俺は死にたくない。思想だとか、政治だとかのために死ぬなんて真っ平だ」
「そうかよ……それならしょうがないよな。俺だって死にたくはない。でも」
 諦め顔だ。俺をエゥーゴに引き入れようとしたのか。ティターンズの内情を探らせようとでもしたのだろうか。
「それでも、俺はやらなきゃならないと思ってる」
 変わったよ。ロブは変わった。
 席を立ち、去っていく姿を見てそう感じた。
 あいつだってジオンとの戦争を生き抜いたのだ。もう戦争はこりごりのはずだ。
 たしかに、今のように常にどこかで紛争、衝突が繰り返されていることももうたくさんだ。
 だからといって、自分たちから戦争を仕掛けようとしているのはティターンズだけではない。エゥーゴもそうではないのだろうか。
 俺にはどちらも変わらない。頑固なインテリにロマンチストな民衆がついていっているようにしか見えない。
 なら、誰が戦争を喜ぶのだろうか。
「どうせ儲かるのは軍需産業だけだよ。奴らに踊らされてるのさ。奴らの金儲けのために命を賭けるなんて俺にはできない」
 小さくなっていくロブをずっと見つめていた。


   
 

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