ニューホンコンにて


「あれ? アムロさんは?」
「あの女と出かけたぞ」
「またあの人か……」
 皆忙しそうだ。
 でも、正規軍とは違うところが新鮮だ。こういうことを整然とされると虫酸が走る。
「でも、こんな堂々と入港できるとは。さすがホンコンだな」
 俺はようやく倉庫から出してもらえた。
 あの中にいる間に、あのアムロ・レイ大尉を迎え、クワトロ・バジーナ大尉は宇宙に戻ったらしい。
 まだアムロ・レイには会っていないが、終戦以来だ。早く会いたい。
 彼は俺のことなんか知りもしないが、俺は鮮明に覚えている。
「あんた何してんだ?」
 メカニックらしき人物に呼び止められた。ハンガーに来たのは初めてだ。しょうがないか。
「俺か? 俺はアウドムラの見学を……」
「何だと! あんた誰だ?」
 どうやら部外者と思われたようだ。俺は昨日今日カラバに加わった人間だ。知られていないのも無理ないな。むしろ、知っている方が驚きだ。
「俺はタケシ・スズキ中尉。所属は……って今はカラバだな」
「ああ、あんたがジャブローで投降してきて、そのまま協力する事になった軍人か」
「そういうこと。よろしくな」
「こちらこそ。それより、邪魔はしないでくれよ」
「言うねえ」
 俺はしばらくハンガーを上から眺めていた。
 大きな飛行機だ。なんたってMSまで積み込んでいる。
 ここにはMSが何機入るのだろう。
 とにかく広い。こんな広い格納庫を備えた物が空を飛ぶとは。軍ってのはよくわからんものを造る。
 せわしなく働く人の中に、一際若い男がいる。
「お、あれはカミーユ・ビダン君だ。いい機会だ。エゥーゴのエースに挨拶でもしておくか」
 あのカミーユ・ビダン君だ。
 青春真っ只中の少年がこんなところにいる。
 士官学校にでも通っていたならわかるが、彼は普通のハイスクールに通っていたであろう少年だ。
 それが、MSに乗り、今は整備を手伝っている。
 整備ができるパイロットは、MSの特性を把握する力が高いといわれている。こういうところからも彼の力が垣間見れる。
「カミーユ君!」
「えっ?」
「久しぶりだな。カミーユ君は元気にしてたか?」
 俺は右手を差し出した。
 彼は俺を見て戸惑っている。当然だ。
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
 やっぱりな。
 覚えてもらえているなんて期待はしていなかったが、少し寂しいな。いや、悲しいな。
「君がティターンズに連行された、あの時だよ。ティターンズのジェリド・メサを殴った」
「あのときに?」
 嫌な思い出なのだろう。少し暗い表情も見受けられる。
「ティターンズに連れて行かれないようにしようとしたんだが、できなかった。すまない」
 俺が謝罪すると、それを否定しながら、俺の手を握り返してくれた。
 この手の感触、何かやっていたな。どうりであのパンチをとっさに打てるわけだ。
「それで、ファ・ユイリィさんは元気かい?」
「ファも知っているんですか?」
「君を連れて行くときに、彼女も連れて行こうとしていたんでね。なんとかそれだけはやめさせたんだよ。そのときにね」
「ありがとうございます」
 む、この反応。彼女はカミーユ君の恋人っていうわけでもないのか。まあ、彼女もお隣さんだと言っていたが。
「しかし、なんだ」
「はい?」
「君がガンダムに乗り込んで動かしたときは驚いたな。あそこにいた連中、特にブライト中佐も驚いていたし」
「あそこにもいたんですか?」
 今度は完全に照れている。
 どういう理由でガンダムに乗り込んだかは知らないが、この様子じゃエゥーゴに渡すつもりで奪ったわけではないな。
「そりゃ、あそこに勤務していたんだし」
「はあ」
「さらに驚いたのは、君がそのままガンダムに乗っていたことだ。しかも、あの動き。パイロット暦では俺の方が圧倒的に長いのに」
「それじゃあ、あなたもMSに?」
「一年戦争からね」
「そうなんですか」
 俺はMSの操縦に自信があるはずがない。
 初めて乗ったジムも、あの時のボールも壊れたし、この間のハイザックは乗り捨ててきたし、他のいくつかの戦闘で乗ったMSもほとんど被弾している。
 考えてみれば、俺は最低のパイロットではないか。
 ここは、この若いエースに教えを請おう。そうすれば、まともになるかもしれない。
 他にも他愛もない話をしようと思っていたのだが、突然、艦内に警報が鳴り響く。
「敵襲? こんなところで」
 ここはニューホンコンだ。戦闘行為は禁止されている。
 なのに、この警報。
 一波乱どころじゃなさそうだな。
「おい! mk−Uを出すぞ。パイロットは急げ!」
 ハンガー内は急にせわしなくなった。
 補給が入る事を見越してか、ばらしている緑色の機体もある。
 それに、ハンガーの内部にはいろんな部品が出してきてあり、片付ける必要がありそうだ。
 手伝ったほうがよさそうだな。
「はい! すぐ行きます!」
「カミーユ君、気をつけてな」
「はい」
 カミーユ君が走っていく。そして、すぐにガンダムmk−Uに乗り込んだ。
 スムーズな搭乗だ。俺はああもすばやく、颯爽とコックピットに滑り込むことはできない。
「カミーユ、行きます!」
 ドダイに乗ったガンダムがハンガーから出て行く。
「いいな、ああいうのは」
 ガンダムが出たからといって、それだけではメカニックたちの仕事は終わらない。
 いつでも動かせる状態だったガンダムを出した後のほうが、忙しくなる。
「ネモも出すぞ! パイロット、準備はできてるか」
「一人しかいない」
「何言ってんだ。ネモは二機出せる。さっさと呼んで来い!」
 名前のわからないパイロットが一人、あの緑色の機体、ネモに乗り込む。
 この姿かたち、ジムと同系統か?
 俺は機械のことはあまり気にしない性質なので、何が何という機体なのかはしらない。まあ、この機体はエゥーゴ、カラバの機体だ。ティターンズのほうにいた俺が知っていたら、そのほうが変だ。
「騒がしいな。ま、俺は引っ込んでおくか」
 手伝おうかと思っていたのだが、どうもやることがない。
 となれば、いるだけ無駄、邪魔だ。
 どこかの銃座につくほうが無難だな。
「パイロットはいないのか?」
「すいません。どこにいるのやら……」
「くそっ!」
 まだパイロットが見つからないらしい。
 パイロットってのは常に出れるように誰かは待機しておくもののはずなのだが。ニューホンコンに入って気が抜けて、シフトがずれたのだろうか。
「おい、ブリッジが早く出せって」
 こんなんじゃ、ティターンズと戦うのは厳しいと思う。いくら、アムロ・レイという名高いエースと、カミーユ・ビダンという若いエースがいても、二人だけで全部を相手にするのは無理だ。しかも、アムロ・レイは今外に出ていてここにはいない。
 敵がどこのティターンズなのかは知らないが、カミーユ君一人を戦わせることはできない。
 嫌だが、気が進まないが、さっさと出なければパイロットはいないのだ。
「俺が出ようか?」
 俺がやるしかないか。
 役に立つかわからんが、カミーユ君の弾除けくらいにはなるだろう。
「え、あんたは確か……」
「もうカラバの一員だしな。できる事はしたい」
「わかった。頼む」
 少し考えた後、このメカニックは俺の肩を叩いた。
「よし、ネモを出すぞ」
 それにしてもいきなりMSに乗ることになるとはな。
 俺はメカニックに導かれるまま、ネモのコックピットに入った。
 シートは運良く合っていた。これならすぐ出られる。
 メカニックが何やら言ってきたが、俺は左手の親指をグッと立てた。それを見たメカニックは外に出た。
 操縦桿を握る。大丈夫だ。
 ペダルに足を置く。いける。
 どうせアナハイムのMSだ。ジムUやハイザックとなんら変わらんさ。
 性能は違っても操縦方法は同じだろう。
 武装は標準。
 ドダイも初めてじゃない。
「もういけるのか?」
 ブリッジのオペレーターだ。
「タケシ・スズキだ。カラバとしての初仕事をさせてもらう」
「タケシ・スズキ?」
 サインがでない。
 俺じゃダメなのか。
「わかった。頼んだぞ」
 さあ、頑張らないとな。無様なところは見せられない。
 エゥーゴ、カラバの考えを俺は全面的に認めているわけではない。
 だが、ティターンズは腐っている。組み込まれてよくわかった。世界平和、人権を守る、連邦政府の変革なんかのためなんていう理想を追うつもりは無いが、俺はここで戦う。
 それもいい。
 俺はゆっくりと深く息を吐いた後、軽く吸った。
「出るぞ!」

   
 

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